コーヒーでも飲んでひといき。

今日うれしかったこと

とても個人的な話なのですが、受験生なのにあまりにも勉強をしない長男にしびれを切らし、
塾に行くことになった初日。
夜遅くまでの授業になるため、帰宅後ばたばたと食事を用意して、食べてから連れていくことにしました。本当は自転車で行かせる予定なのですが、雨が降っていたのと、食事をしたら少し時間がぎりぎりになったので送っていきました。

食器もそのままにひとまず家をばたばたと出て、帰宅したところ・・・。
なんと、テーブルの上がさっぱりなにもなくなっていました。
「ありがとう!お皿下げてくれたんやね!」とうれしさで言うと、長女「洗ったよ。」と、なんでもないことのように言ってくれました。

正直、心の中で「下げてくれるといいな」「もしかして洗ってくれてたりしたらうれしいな」と思いながらも、期待せずにいようと出かけたのでした。
車で行って帰るには30分もかからないし、それから片づけをしても大して苦にはなりません。

片づけをしてくれたことそのものがうれしかったのではなく(もちろんうれしいですよ!)、自分にできることを率先してしてくれたこと。やっておこう、と思いやってくれたこと。それが何よりもうれしく、また、ずっとずっと言い続けてきたことでした。
家事がいやなのではなくて、当たり前のように顧みられることもないこと、それがいやなのだと。

どう表現しても、どうしても「わたし自身がやりたくないから、子どもにさせようとしている」ように聞こえてしまうし、自分でもそう言っているかのように思えて、なんだかみじめな気持ちにもなっていました。

最近は、声をかけても快くお手伝いをしてくれたり、「何かすることある?」と聞いてくれるようにもなりました。その一言で、元気が出てきて「大丈夫」という気持ちになるのですが、ここは甘えるようにしています。わたしの母も、それをずっと言っていましたが、本当にそうです。実際にやってもらわなくても、思いやってくれたひとことで、気づかってくれたその気持ちだけで力が湧いてきます。

今日みたいなことは、続かないかも知れないけれど、思いが伝わったのだと信じます。それだけで頑張る元気は出てきます。

子どもたちに「ありがとう」と言いたいです。

北九州市でカラーセラピー・セラピスト養成講座をしています。 自分の気持ちがわからない、自分が好きなことややりたいことが分からない女性へ、ぐちゃぐちゃな心の中を整理するお手伝いをしています。