コーヒーでも飲んでひといき。

子どもの気持ちがわからない時

わたしには2人の子どもがいます。
2人が小さい頃から、大切なこと(だとわたしが信じること)をくり返しくり返し伝えてきました。
けれど、その思いが伝わっているのかどうか、本当のところは本人にしかわかりません。

気持ちのやさしい子になってほしいとか、人の痛みのわかる子になってほしいとか、
たくさんの思いを伝え、愛情をこめて一緒に暮らしてきたつもりです。
きっと、そういったことは伝わっているとは信じていますが・・・

子どもたちの思いをわたしはわかっているのか?と言われれば、自信を持って「はい」とは言えません。
わかりたいと思っているし、その努力は惜しみません。それは2人にも常々伝えていますが、だからといって本当に理解してあげられているのかはわかりません。

実際、怒る場面においては「なんでわかってくれないんだろう」とわたしは思っているし、
きっと2人もそう思っていることでしょう。

子どもの気持ちがわからない時、どうしたらいいと思いますか?

何を思っているのか、どう考えているのか言葉で言わせますか?
こちらがどういう思いで、なぜこんなことを言うのか、するのか、滔々と語って聞かせますか?
ただ黙ってそばにいて、背中をぽんぽんとたたいてやりますか?

どれも正解であり、また、正解ではありません。
人の気持ちはそもそも簡単なものではないし、どんな状況なのか、何が起こったのか、さまざまな要因があっての「そのときの状態」に、万能な正解などあるはずがありません。

では、どうしたらいいのか?

わたしは、いつも「誠実であること」を心がけています。
言葉にしろ、態度にしろ、自分を偽らないでぶつけることをいつも気をつけています。
もちろん、これが正解なのかどうかはわかりません。
ただ、自分が子どもたちに対してそうでありたいと思うのです。
泣きわめく姿も、きーーーーっとなって取り乱す姿も、そのままの気持ちで見せています。
誇って言うわけではありません。子どもたちは決してそんな姿が見たいわけではないと思います。
それでも、飾ったりごまかしたりしない本当の気持ち・等身大の自分でぶつかっていこうと思っています。

そうすることが最善だと信じるからです。

人と接するとき、たとえ相手がわが子であっても、そこに正解はないのだと思います。
自分がこうするのが一番だと信じる方法でまっすぐぶつかっていくしかないのだと思います。

(そんな日々の中に、わたしのそばには『色』があり、救われた部分もたくさんありました。)